雑記帳

作品倉庫

テンダーロインノワール(5)

     その日の夜遅く、エリックは自分の住処に戻っていた。ここはエディストリート沿いに建つビルとビルの間にできた狭い路地。雑草が生い茂り、犬や猫の排泄物が散らばっている。エリックはバックパックにくくりつけてある登山用のテントを外して組立て、ウィリアム牧師に貰った風邪薬を飲んでからテントの中に入った。着替える服はもっていない。厚手のパーカーを着たまま横になって体を丸め、擦り切れたウールのブランケットを2枚かけ、バックパックを枕にして目を閉じた。

路地裏



 

 

 

エリック・ヨハンセン――35才。ミネソタ州ミネアポリスで生まれ、テンダーロインに流れ着く前は、サンノゼでコンピューターエンジニアとして働いていた。20代の前半からシリコンバレーのIT関連企業でソフトウェアの開発に携わり、その一方でテクニカルライターとしてのキャリアも磨いていった。彼が手がけた本は『WonderWord for Dummies』のような一般向けの内容ではなく、情報処理に関する高レベルの知識を有する専門家向けの参考書である。エリックはIT業界では高給取りのエリートだった。同じ会社で知り合ったブロンド美人と結婚し、二人目の息子が生まれるとマウンテンビューに家を建て、家族4人、恵まれた暮らしをしていた。しかしエリックの幸せは長くは続かなかった。金銭欲にかられた経営陣と無理な事業拡大が災いして、会社は倒産に追い込まれてしまった。


※マウンテンビュー:カリフォルニアサンタクララ郡にある都市 

 

まずはじめに、エリックは仕事を失った。彼ほどのキャリアがあっても次の仕事は見つからなかった。それに追い打ちをかけるように、妻を失った。彼女は離婚届にサインし、子供を連れてエリックのもとを去っていった。
「貧乏はいや」――これが離婚の理由である。
エリックに残されたものは住宅ローンと離婚の慰謝料、子供の養育費。全てを合計した金額は、エリックの予想をはるかに超えていた。
 失業保険が切れたとき、落胆よりも恐怖を感じた。エリックは毎日、街を歩いて仕事を探した。
――どこかに自分を雇ってくれるところがあるはずだ。
しかし、世の中の動きは悪い方向へ向かっていた。世界経済は一段と悪化し、サンフランシスコもそのあおりを受けて、街には失業者が溢れている。マスメディアは一部の経済学者の意見を受けて、この経済不況は“一時的な景気低迷(recession)”であると報じた。しかし、エリックのように職を失った人々にとって、この状態は1930年代に起こった世界大恐慌にも匹敵する不況(depreccion)であると考えていた。会社の倒産、解雇、無職、離婚、借金――エリックは自分の人生にこのような出来事が待ち受けていようとは、今まで考えたこともなかった。彼はミネソタにいる両親に電話をかけ、しばらくの間、金銭的な援助をして欲しいと頼んだが、“born-again” evangelical Christians”の敬虔な信者である母親は、息子を突き放すような言葉を返した。
「エリック。今、あなたが困っているのは、神があなたに与えた試練でしょ。あなたをもう一度キリストの道へ連れ戻すために、神がそうなさっているのよ」
 エリックは若い頃、エヴァンゲリカの教義に染まりきった両親に反発を覚え、家を飛び出してカリフォルニアへ行った。結婚式も教会では挙げなかった。 
「キリストは何もしてくれない!」
 エリックは受話器を投げつけるようにして電話を切った。その後、二度と両親とは話さなかった。




※ “born-again” :個人の罪が赦され、聖霊によって霊的に新たに生まれ変わること。この語は福音主義福音派キリスト教根本主義聖霊派でおもに使われ、まれにエキュメニカル派でも使われることがある。


evangelical Christians:エヴァンゲリカクリスチャン(聖書の言葉をそのまま信じている福音派キリスト教原理主義ともいう。アメリカでは白人至上主義の団体。

 

住む家も無く、貯金も底をついたエリックは、バックパックに登山用のテントとブランケットを結わえ、路上生活をしながら仕事を探した。しかし、どこに行っても仕事はもらえなかった。やがてサンフランシスコ半島を北へ北へと移動するうちに、サンフランシスコ市で最も危険な街、犯罪者とホームレスを収容した壁のないゲットー、テンダーロインへ到着した。

 エリックはどんな困難にもくじけないほど強い男ではない。かといって、すぐに打ちひしがれてしまうほど弱くもない。彼は失望した。しかし、まだあきらめなかった。エリックは心の奥深くから気力を呼び起こし、「必ず立ち上がる道はある」と自分に言い聞かせた。小さなダンボールを拾って看板をつくり、それを持ってハイドとラーキンストリートに挟まれたフルトンストリートの歩道に座った。そのダンボールにはこう書いてある。
“食べるために働きます。正直で真面目(Will work for food. honest and straightforward)”

 最初の日は、パイオニアモニュメントの横に座って、約4時間、「仕事をください」と通行人に懇願した。ゴールデンステイト(サンフランシスコのこと)を作った偉大な男たちを讃える記念碑の周囲には、市が管理する立派な建物が並んでいる――アジア美術館、図書館、市役所、裁判所。しかし、薄汚いホームレスに仕事を与える者は誰もいない。食べ物も、1ペニー銅貨すら、エリックは手に入れることができなかった。陽が傾き始めた頃、彼はグライドメモリアルチャーチのあるエリスストリートに向かって歩いていた。今まで、辛い経験をしても、そのために泣いたことはなかった。しかし今、自分の置かれた境遇を思うと、この惨めさに涙が溢れた。 

 

イオニアモニュメント

市役所

翌日、エリックはダンボールの看板を持って同じ場所に戻った。
――昨日よりは上手くいくはずだ。

彼が思った通り、2度目は恥ずかしさも多少は消え、一日中、記念碑の横に座り「仕事を下さい」と通行人の顔を見て頼むことができるようになった。しかし、仕事はもらえなかった。その代わり、コインを数枚、集めることができた。

その翌日も、同じ場所で同じことをした。3日めも仕事はない。その翌日も、また次の日も、毎日毎日、何時間も同じ場所に座り、ダンボールの看板を道行く人に見えるように両手で高く掲げ、頭を下げ、「仕事をください。食べ物かコインを分けてください」と頼み続けた。その結果、安物のカミソリと石鹸、食べ物を少々買うくらいのお金を集めることができた。公衆トイレを見つけると、石鹸で手と顔を洗い、ヒゲを剃って髪の毛をとかした。週に2度、エリックはゴールデンゲートパークまで足を伸ばした。パイオニアモニュメントからは数マイル離れているが、公園内にはStow LakeやRainbow Fall、そのほかにも小さな池や湖がある。

テンダーロインから長い距離を歩き、晩秋の湖で水浴びをする。冷えきった体に凍りつくような水。体中の骨が痛み、関節がきしむ。これは路上で物乞いをするよりも辛かった。しかし、不潔でいることは彼の性分が許さない。できる限り体を清潔に保ち、身だしなみを整えていれば、誰かが声をかけてくれるかもしれない。そうすれば、相手を説得して仕事を手に入れることができるはずだ。必ずチャンスが巡ってくる。エリックはそう信じていた。そしてもうひとつ、常に衛生面に留意していれば、テンダーロインの罠にはまることはないだろう。ホームレスたちは路上生活が長引くにつれ、不潔な暮らしに慣れてしまう。体を洗って清潔にするという考えは彼らの頭から消え、その結果、感染症に苦しむことになる。エリックはそれを避けるためにも、毎日、石鹸で手と顔を洗った。

 

STOWLAKE

RAINBOWFALL

 

お金が手に入ると、時々、食べ物を買った。ハイドストリートを渡ってワンブロック行ったところにある広場で、週に一度、農産物の直売市が開かれると、エリックはそこで新鮮な野菜と果物を買った。無駄使いをせず、余ったお金は全て貯金した。そうして貯めたお金で小さなラジオと電池を買った。彼は毎日ラジオでニュースを聞き、軽妙な語り口のトークショーで寂しさを紛らわせ、彼が愛したジャズとクラッシックを聞きながら眠りについた。これが、エリックの生活で唯一の贅沢である。ラジオを買った日、チューナーを回していると、聴いたことのあるクラシック音楽が流れてきた。はじめは曲名がわからなかったが、暫く聴いているうちに思い出した。この曲は何年も前に見た映画『アマデウス』の冒頭で使われていたモーツアルトの『交響曲第25番』だった。エリックはクラシックにはさほど興味はなかったが、モーツアルトのシンフォニーを聴いていると心が落ち着いてくる。しかし、激しさの中に不安と不吉なものの到来を感じさせるメロディーは、まるで自分の境遇を語っているようで、曲が終わったあとも涙が止まらなかった。

 

youtu.be

エリックの一日はうんざりするほど長く退屈だった。朝から日が落ちるまで路上に座り、今では、食べ物を買うお金は集めることができるようになっていた。時々、無言でパンやビールを置いていく通行人もいる。しかし、食べ物が手に入っても、いつも空腹だった。時間をつぶすために、ラジオをつけ、モーツアルトバルトーク、ミンガス、ブルーベックを聴いた。誰もエリックに声をかけない。抑揚のない毎日が過ぎていく。日々の生活に刺激があるとすれば、それはエリックとは直接関係のない場所で起こっている。
 テンダーロインのプレデターは弱い者を脅して物を盗み、少しでも歯向かえば、いとも簡単に殺してしまう。エリックは、彼らの視界に入らないように極力注意し、まるで黒死病の患者を避けるように、危険を感じたときはすぐに身を隠した。自分の持ち物と命を取られたくはない。彼にはまだ希望があった。


   時々、運命と状況は人の望みに逆らって設定されることがある。それを壊すためのどんな小さな変化も訪れない。しかし、エリックにはガーディアンエンジェルがいた。ふたりの天使が彼を見ている。
イオニアモニュメントの横に座って季節が三つ過ぎた頃、エリックの人生を変える小さな出来事が二つ起こった。それはエリックにとっては闇から光の国へ抜け出すための大きな変化だった。最初の出来事は、夏の初めのある暖かい午後、今ではエリックの仕事場になったパイオニアモニュメントの横で、ダンボールの看板を持って座っているときに起こった。彼の前に置いたコーヒーの空き缶にはコインが数枚しか入っていない。朝からずっと座っていたが、何も起こらない、午後の暖かい太陽のせいで、エリックは眠気を覚え、モニュメントを囲っているフェンスにもたれてうたた寝をしていた。
 夢を見た。シリコンバレーにいた頃の夢。
 ほんの短い間だけ、エリックはかつてのエリックに戻っていた。

 

 

   夢の中で、大学時代、一番尊敬していた教授に会った。目が覚めたときも、教授の言葉が耳に残っていた。
「刺激がない、挑戦しない、関心がない、これは人の心を退化させる。体と同じように、心も病気になって死んでしまう」

夢の中で聞いた教授の言葉が、エリックの考えを正しい方向に修正するヒントを与えた。
――自分は今まで何をしてたんだろう。何もしてないじゃないか。毎日、生きているというだけだ。何のチャレンジもしなかった。ただ座って、人から与えられるのを待っていただけだ。
エリックは大学の”デジタルジャーナリズム”講座で、自分の考えを言葉を使って表現する技術を学んだ。サンノゼで働いていたとき、大学で学んだことが役に立ち、そのライティング技術を使って、コンピューターのマニュアルを何枚も書いた。時には徹夜で原稿を仕上げたこともある。
昔のことを思い出していると、彼のラジオからモーツアルトの『レクイエム ニ短調』の独唱が流れてきた。


私の祈りをお聞き届けください
すべての肉体はあなたの元に返ることでしょう
主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。・・・・・・


歌を聴いていると、また涙が出てきた。エリックにはこの曲の歌詞が、自分の事のように感じたのである。
――自分は神に背をむけた。なのに、どうして神に救いを求めるのか・・・・・・

死者を悼むミサ曲はエリックの心に暗い影を落とし、体中にたまった痛みと苦しみ、憤り、不安、落胆、その全てが涙になって溢れてくる。レクイエムの独唱はまだ続いている。

"思い出してください、慈悲深きイエス
あなたの来臨は私たちのためであるということを
その日に私を滅ぼさないでください。・・・・・・
私の祈りは価値のないものですが、
優しく寛大にしてください。
私が永遠の炎に焼かれないように ・・・・・・”


   テンダーロインに神はいない。ここは神に見捨てられた者たちが集う町。ここにたどり着いた者たちは、やがてテンダーロインの蟻地獄にはまり、死神の腕に抱かれる。
――テンダーロインのことを書こう。
エリックはそう思った。サンフランシスコの街中に出来た落伍者のゲットーのことを、そこで暮らすホームレスたちのことを、自分もその一部になったことを。
――もしも、上手くかけたら・・・・・・いや、うまく書こうと思ったらダメだ。ここがどれほど悲惨な場所か、自分が見たもの、感じたこと、考えたことを正しく伝えることが重要だ。そうすれば、必ず、読者が出てくるだろう。その本を買ってくれる人がいたなら、ここから抜けられる。

 

(続く)