雑記帳

作品倉庫

我が妄想 その5

数年後

 

ヘスは収容所所長からドドイツ帝国総統の地位にまでのぼりつめ、新しい収容所所長には ゲッヘルペスを任命した。
 収容所の売り上げもうなぎ登りで、今や、アウチアッチッチ強制ゴミ収容所は一部上場企業となっていた。

 連日連夜、 数十台の大型トラックが処理に困ったゴミを載せてこの施設にやってくる。

 収容所の焼却場に向かう道は舗装されておらず、今までこの道を何度も往復したトラックのせいで、道の左右が削られ、真ん中だけ山のように土が盛り上がってしまった。雨の降った後は、タイヤの作った轍に水がたまり、トラックは泥水を跳ね上げながら登っていく。トラックのまき散らす排気ガスのせいで、この道沿いに咲く花は枯れ、泥を跳ね上げられた木は次第にきたない黄土色に変色し、木の幹は渇いて真ん中あたりから完全に折れてしまった。
 しかし そんなことはヘスにはどうでもいいことであった。
ゴミは金になる。

産業廃棄物+生ゴミ×フロンガス=$$$$$$

ヘスの頭にはこの数式しかなかった。


 ある日、ヘスのオフィスに部下のゲッヘルペスから直通電話が入った。

「もしもし、総統閣下でいらっしゃいますか。焼却炉所長のゲッヘルペスですが芹沢科学研究所のトラックが3台まもなく到着しますが、何処にブツをおろしますか?
3号機の焼却炉にちょっとトラブルが発生しまして、まだ全部のブツの処理が終わってないので・・・他の焼却炉も現在全て稼働中でして・・・・・・」
 この施設では従業員全員、産業廃棄物のことを「ブツ」とよんでいる。
電話を受けたヘスは焼却炉のトラブルと聞いても特に困った表情も見せず、淡々とした口調で、「どこでもかまわん。3号機の裏の山にでも捨て置け」 と答えた。
 ゲッヘルペスは「わかりました」と言おうとして、ふと思い出した。

「総統閣下、あの裏山は、閣下のかわいがってたエバが埋まっておりますが、あの上に積み上げておいても、大丈夫でしょうか」

 エバは数ヶ月前に突然死んだ。原因はわからなかった。あまりにあっけない死に ヘスの悲しみもあっけなかった。

エバ」の名前を久々に聞いて、ヘスの顔がニチャッとなった。ゴミをかき集め、札束を数えていると、エバがそばに寄ってきて、悩ましい目でヘスを見た。そんなエバを見ていると、妙にそそり立ってきて、一気に突進したものだ。昔を思い出し、また 体の中央部分がモンモンしてきたが、すぐに普段の厳つい顔に戻りちょび髭を指でねめつけながらしわがれた声で、ゲッヘルペスからの電話に答えた。
 
「私の命令に従いたまえ」

 

 

天変地異

「宇宙エンジン・ゴリ」を使えばどんなモノでもあっと言う間に燃やしてしまう。後には灰も残らない。

 不法投棄が問題にされている昨今、家庭内のゴミから産業廃棄物まで、あらゆる種類のゴミを処理してくれるアウチアッチチゴミ強制収容所は、非常にありがたい存在であった。

 毎日、ゴミ焼却予約の電話が殺到し、廃棄物がぞくぞくと運び込まれた。
異様な匂いを発するゴミの山も、ヘスの目には札束の山に見えるのであった。


 芹沢科学研究所のトラックがでこぼこの山道をエンジン全開であがってくる。トラックがふかす爆音は、処理工場の中にいても聞こえてきた。

 この廃棄物処理工場のまわりは鉄条網で仕切られ、施設入り口にある鉄製の巨大な門の上にはペンキで「ウェルカム産業廃棄物処理工場」とかいたアーチ型の看板が掛かっていたが、工場の煙突から出る煤煙で看板の文字が見にくくなってしまい、今では<エルム>としか読めない。


 3台のトラックは門を通り、3号焼却炉の前でとまった。トラックが到着するとゲッヘルペスが出迎えた。

「いつも大量の産業廃棄物をありがとうございます。」とおきまりの挨拶をして、トラックの運転手に3号焼却炉の裏山に廃棄物をすてるように指示した。運転手は少し不安げな顔で、ゲッヘルペスにきいた。

「今日はすぐに焼いてもらえないんですか?」

「申し訳ないですが、実は、今日は3号焼却炉の調子が悪くて、まだ前のお客さんのフロンガ酢の焼却が終わってないんですよ。
ほんとに申し訳ないです。えっと、今日の廃棄物は・・・・・・あ、はいはい、わかりました。オキシジェンデストロイヤーの売れ残りでしたね。
これでしたら1時間もあれば焼き上がりますので、今焼いてるのが終わり次第 すぐ始めますのでご安心下さい」
 ゲッヘルペスは焼却予約表を見ながら答えた。
 トラック運転手は 長時間 外に放置しないでほしいという芹沢博士からの伝言をゲッヘルペスに伝え、事務所で焼却代金3000万円にチップの4000万円の支払いをすませたあと、3号焼却炉の裏山にトラックを回し、積荷を全ておろして、今来た山道を帰っていった。

 

 
 工場では朝からトラブル続きであった。

 第一のトラブル。
 アルバイトの学生が燃料と間違えて加保根(カポネ)製薬会社の賞味期限切れのコカインヘロインを焼却炉の中に入れてしまった。

 トラブル2; 焼却炉の燃焼温度が上がらず、お宝酒造のフロンガ酢缶が生焼け状態のまま夜中まで炉の中に放置された。

 トラブル3;工場の裏山から登ってきた芹沢科学研究所のトラックが横転し、積載していたゴジラ細胞2トンが散乱し、回収作業が翌日に持ち越された。


 異変は丑三つ時におこった。


 長時間、生焼け状態にされたフロンガ酢から真っ黒な細い煙が立ち上り煙突の壁をはうようにして上がっていった。その光景は 何百匹、いや、何千匹の蛇が狭い穴から一気にはい出てくるようであった。
それは空中で互いに絡み合い、うねうねとくねりながら、やがて真っ黒な雲となって空一面を覆っていった。

 山は雲をよび、雲は雨を呼ぶ。

 雨が小粒の真珠なら、雨に濡れながらたたずむ人もいただろう。
しかし、この夜に降った雨は、濃硫酸オ・ゾーンをふくんだポイズンレインであった。

 

雨は裏山に放置されたままのオキシジェンデストロイヤーを情け容赦なく叩きつけた。

 ますます激しさを増す濃硫酸の雨、雨、雨、

 突然、オキシジェンデストロイヤーの山が青白い閃光を放った。
その光りはレーザー光線のように、周囲の枯れ果てた木々と黒雲を照射する。

 黒雲は青白い光線を飲み込み、雲の中でさらなる化学反応を起こし、不気味な紫色の輝きを放っていた。
 とその時、積み上げられたオキシジェンデストロイヤーがオレンジ色の火花を発した。

 吹き上げる火花の中で何かがぬっくと立ち上がった。

 その生物のようなシルエットは天に向かって、「ブヒィーン、ブヒィーン」という咆吼をあげ、背中から青白い光りを放ちながら再びどろどろに溶けだしたオキシジェンデストロイヤーとともに地下に沈んでいった。

 

 濃硫酸の雨はやんだ。

 3号機の裏山に積み上げられていたオキシジェンデストロイヤーは跡形もなく消え去り、その後には、青白く光る無数の石だけがころがっていた。土の中で眠っていた虫や蛇はオキシジェンデストロイヤーの毒で瞬く間に白骨になってしまった。それでも、死にきれない動物や蛇、虫は、水を求めて小川までたどり着こうと最後の力を振り絞って地面をはっていった。動くたびに皮膚がずるっとはがれる。仲間の死体を乗り越え、先に進もうとするが、そこで力尽き、小川に続く獣道には、濃硫酸で溶けて原型のわからなくなった動物と、オキシジェンデストロイヤーで白骨化した蛇の死骸が散乱した。

 

エバ復活

数ヶ月後の秋。この山に雁の群はもう来ない。

 どす黒い血の色をした夕日を背景に、西の方から、はげたかの群れがやってきて焼却炉の屋根に舞い降りた。
 
 焼却場地下に作られたシェルターの中に設置されたモニター画面を見ていたゲッヘルペスは、「閣下、またはげたかどもが屋根に来てますが、追い払いますか?」ときいた。

 ドドイツ名物ジャガイモシチューをつついていたヘスはフォークを皿の横に置き、ナプキンで口元の汚れを拭きながら、

「気にすることはない、何回来てもここにあいつらの餌はない。
餌がないことがわかればそのうち飛びさるだろう」といつもの如く、淡々とした抑揚のない口調で答えた。

「ゲッヘルペスくん、今日は焼却炉の予約はどうなっておる?」

 ちょび髭についたシチューをナプキンでふき取りながら、ゲッヘルペスに向かって言った。

「は、閣下、本日はこれから3件予約が入っております。
明日は、アスベスト商事からトラック10台分のブツの予約もとってあります」
 10台分と聞いて、ニチャとした笑みをさらにクチャッとさせながら、ヘスはモニターの前に座っているゲッヘルペスの側に歩み寄ってきた。

「ゲッヘルペスくん、君には感謝しておるよ。君のおかげで、工場の売り上げはいまだに鰻登りだ」

「ありがたいお言葉、身に余る光栄です。
私は、閣下の命に従っただけです。ただ・・・・・・」といいかけて口をつぐんだ。

「ただ? 何かね。遠慮することはない。言いたまえ」

 ゲッヘルペスは口の中にたまった唾をごくっと飲み込んでから答えた。

「私はあの日、毒ガスから部下を救うことが出来ませんでした。
閣下の大切な部下を私は・・・・・・私は全て殺しました」

 彼はモニターに映し出されたはげたかをじっと見つめている。


 ヘスはモニターのスイッチを切り、ゲッヘルペスの肩に手を置いて、
「そのことは忘れは方がいい。君の責任ではない。自然はときどき妙なことをするものだ」

「でも、あの日、私がもっと早く3号焼却炉の修理をしていたら、もっと早くオキシジェンデストロイアヤーを燃やしていたら、翌日 毒ガスなど発生しなかったはずです。異変に気づいてレベル5を発令した時には従業員は全員、もう、、泡をふいて、目、ひんむいて、息絶えて・・・私の責任です。
私がもっと早くに気づいていれば――」

 ゲッヘルペスの肩が小刻みに震えている。

 濃硫酸の雨が降った翌日、突然 地面から毒ガスが吹き出した。
ゲッヘルペスとヘスは地下のシェルターの中にいて難を逃れたが、他の従業員はすべて消滅してしまった。

 ゲッヘルペスはその後も、この施設に残り、ヘスの命令で、地下シェルターからミニメールで営業を行い、顧客を徐々に増やしていった。ゲッヘルペスと違い、金儲けしか頭にないヘスには従業員が全滅しようが、環境が破壊されようがそんなことにはノミのフンほどの後悔も感じてはいなかった。

「忘れたまえ。ブツの取引にはリスクは付き物だ。リスクが高ければ儲けも倍増するのだ」

 ヘスはモニターのスイッチを再びつけた。はげたかはすでに飛び去ってしまったようだ。モニター画面を別の場所に切り替えようとしたとき、画面の真ん中でなにか小さな点のようなものが動いているのに気がついた。
はじめは画面の汚れかと思ったが、その小さな点は上下に動きながらこちらに向かってくる。
 その顔がハッキリと画面に映し出されたとき、ヘスは奇声をあげた。

エバァ!」

 

2人の目は大きく見開かれ、瞬きもせず画面をじっと見つめている。

 突然シェルター内に「侵入者」を知らせる警告音が鳴り響いた。

「シンニュウシャデス。ケイコク。シンニュウシャデス、ケイコク、ケイコク」

 コンピューターの作る人口音声がシェルター内に響き渡る。

エバだ!  あれは間違いなく私のエバだ!!」

「閣下! しっかりしてください! エバは、閣下のエヴァは死んだはずです。閣下がご自分で埋めたじゃないですか。3号焼却炉の裏山に」 
 その時、2人のいる地下20階のシェルターの上の方から、「ブヒィーン、ブヒィーン」という咆吼が聞こえてきた。

「閣下!! エヴァじゃないです、エヴァならあんないやな鳴き声は出しません! 閣下! 」

 何かわからないがとにかくここから一刻も早く逃げなければいけない。
ゲッヘルペスとヘスはモニタールームを出てエレベータに向かって走った。
しかしすでに、何かがエレベータに乗って下におりてきている。
階数表示ランプがB-5, B-10, B-15 と点滅していく。

 ついにB-20のランプがついた。チーンという音と共にエレベーターのドアが開き、中から現れたのは体調30センチほどの腐った豚。

 エレベーターの真ん中で2本足で立っている。

 腹の皮膚が破れて、その間から腸がべろんと垂れ下がり、まるで雄豚の一物がぶら下がっているように見える。
肩から胸にかけて皮膚は完全になくなっていて骨が丸見えである。

エレベータの中でまた「ブヒィーン、ブヒィーン」という奇妙な鳴き声を発し、そのたびにえび茶色と黄色を混ぜたような皮膚が青光りした。

「なに、な、な、な、なん!!!」

 ゲッヘルペスの驚きは極限に達し、次の言葉が出てこなかった。

 ヘスは固まってしまって動けない。

 豚はぴょんとジャンプしてエレベーターからおりると2人を見上げて言った。

「はーい、おひさしぶり」

 

豚の口元が若干上に上がった、多分、笑ったのだろう。

 卵が腐ったようなひどい匂いでゲッヘルペスは気絶寸前であったが、倒れまいと必死でふんばった。

「私のこと わすれちゃったの、やーね、私よ、ワ・タ・シ」

「だ、だ、だ、お、ま、おま、おま、おま、 なに」

 ゲッヘルペスは喉の奥から必死で声を絞り出した。

 ヘスは、物凄い力でゲッヘルペスの腕を掴みながら、ただ、「えばぁ、ええええ、ばぁぁぁぁ」とこわれたレコード盤のように同じ名前を繰り返している。

「バァ、バァって、私 まだ婆じゃないわよ。見て、このピチピチのお肌」

 豚はさっと自分の腕を前に差し出したが、腐った腕の肉がぼとっと落ちた。

「あら、ごめんなさい、最近 ちょっとお肌の曲がり角かしらん」
 
 豚は落ちた肉を拾うとそれを腕にペタペタと貼り付けた。

 ゲッヘルペスは再び絞り出すような声で「お・・まえ・・は何だ」と、今度はかろうじて言葉になっている。

「ヤーね、それしか言えないの。いいわ。お前は何かって聞きたいのね。お前は何、うーん、難しい質問ね。お前は何、何故に存在しているのか、哲学的な質問ね。ま、いいわ。とにかく ワタシ、突然変異しちゃったみたいね。ちょっと いびつになっちゃったけど、ワタシ、エバよ。また生き返っちやったわ。あなたたちのおかげね。サンキュー。それより、私、ノド渇いちゃった。何かのみたいわ」

 豚は2人のことなどお構いなしにお尻をプリプリ振りながらモニタールームの方に歩いていった。

 

 豚のモンローウォーク。妙にそそられる後ろ姿。2人は豚の後に従った。
何故、逃げないのか、何故、豚についていくのかわからない。

『モンローウォークであるぅくぅ〜。いかしたこの豚はだぁれぇ。ジャマイカあたりのスッテプゥでぇ〜〜。そういえば、ジャマイカの娘もよかったが、ブラジルのピチピチギャルも良かったナァ〜、いやいやいや、やはり極めつけは大奥お局カーニバル、4畳半ふすまの板張りごっこは最高だ、う〜〜ん 寝てみたい』

人間、恐怖も極限を超えると現状とは全く別のことを考える。

ヘスの体の中心部に格納されていたロケットは、エバをみると、意思とは無関係に動く仕組みになっている。
あっという間に角度90度、発射準備完了状態にセットされた。

 

豚は部屋の中をきょろきょろ見回しながら言った。

「へぇ、ずいぶん立派なシェルターを作ったわね、で、なにか ジュースないのぉ? まったく、気が利かないんだから。せっかくよみがえってあげたのに」

「ジュ・・ジュゥ・・ジュウウウウウスウウなら あそこ」

 ヘスは部屋の隅にある冷蔵庫を指差した。

「やぁねぇ、わたし、そんなののまないわよぉ。
あなたたち、あの晩、作ってくれたじゃない。
あのジュースがいいわ。あれどこ?」

「私たちが作った?」ゲッヘルペスがきいた。

「そうよ、濃硫酸ソーダ、これ、おいしかったわ、おかげで元気もりもり。目が覚めちゃったの。自分たちで作っといて、わすれちゃったの?」

 あの晩がどの晩か 二人にはすぐにわかった。

「ちみが作れ!」
ヘスはゲッヘルペスにささやいた。

「閣下!! どうして私が!!? そんなもの作れるわけないでしょう!!
濃硫酸ソーダ!!?? 無茶言わないでください!」


「やれ!」

「無理です!」

「私の命令がきけんのか!」

「閣下!!レシピがないのに、どうやって作れとおっしゃるんですか!!」

「ちみが、あの晩、オキシジェンデストロイヤーを放置したからだろ。
あのときの同じことをすればできるだろ!」

「閣下!! あの雨は勝手に降ったんです」


二人の会話を聞いていたエバは、「あなたたち、そこでいつまでももめてなさい。
ワタシ、自分で作るから」
 というや、部屋中にあるスイッチを手当たり次第に押し始めた。

 

「わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわぁぁぁぁぁぁっぁぁ〜〜〜〜〜!!
やめろやめろやめろ!!!」

ゲッヘルペスが叫んだときにはもう遅かった。

シェルター内のライトが消え、緊急事態を知らせるレッドランプが点滅しはじめた。

あちこちで異常な音がする。

グワァァァ〜〜ン
バシ〜〜ン!!グワンゴワァ〜〜〜ン

ギギギギギギギギィ
ゴォーーーーーーー
ブォーーーン!
シュワ〜〜

シュシュシュシュシュゥゥ

ブォ〜ン

カッキーーーン コッキーーーン ポッキーーン


「ケイコク ケイコク ケイコク レベル5 ケイコク ケイコク、レベル6、 レベル7、全員 避難セヨ、コレハ、演習デハナイ、 ケイコクケイコクケイコク」



続く