雑記帳

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小説

エンジェルダスト(28)

火曜日 朝7時。 まだ眠気が抜けきっていない頭でソファーから這い出てキッチンに行き、水道の蛇口から直接水を飲んだ。冷たい水が一気に胃の中へ落ちていく。 窓を開けると、穏やかな春風が部屋に入ってきた。生クリームのような真っ白な雲の間から青空がの…

エンジェルダスト(27)

月曜日。午前8時。 私は仕事に出かける準備をしていた。ワードローブの中がマコトの洋服でずいぶん賑やかになっている。しかし女性の服といえば、ブラックのフォーマルドレスとチャイニーズドレスくらいで後は全部男物ばかりである。 私が着替えている間、…

エンジェルダスト(26)

日曜日、午前9時。 太極拳の稽古から戻り、ドアに鍵を差し込んだとき、中から電話のベルが聞こえた。私は急いでドアを開けて部屋に入り、電話の上に覆いかぶさっている雑誌の山を払い落として受話器をとった。「ブゥラァイアン! 私、おねがい、聞いて! ビッ…

エンジェルダスト(25)

疲労感と憂鬱感が混ざり合って、アパートに戻っても何をする気にもなれなかった。夕方になって雨はますます激しくなってきた。暫くベッドに座って窓から雨を眺めていたが、落ち着くどころかますますイライラしてきて重苦しい気分は一向に良くならない。外を…

エンジェルダスト(24)

暗く陰鬱な雲がサンフランシスコを覆い、雲が流す涙はストリートを濡らし、聖マリア大聖堂の前にたたずむ制服警官たちを湿らせていく。 午前9時。 朝の通勤ラッシュがおさまると、教会を囲むギアリーストリートとゴッホストリートの2車線は通行止めとなり…

エンジェルダスト(23)

木曜日。午前9時。 市役所の裏にある地下駐車場にシボレーをとめ、朝の冷たい空気に包まれたゴールデンゲートアベニューを連邦ビルに向かって歩いていた。 それにしても、なぜFBIのエージェントに会うのに上等なスーツが必要なのか。理由がわからないが…

エンジェルダスト(22)

明け方まで降り続いた雨は、朝7時にはあがったが、太極拳の稽古に出かけるころには、町の上空は濃い霧で覆われていた。 ワシントンスクエアには いつもの三分の一くらいの生徒しか集まっていなかった。みな、湿った空気の中で稽古をしている。私も仲間に入…

エンジェルダスト(21)

朝7時。 快適な目覚めではなかった。昨晩は妙な夢を見たが所々しか覚えていない。私がいたのはベトナムのジャングル。悲鳴も爆音も銃声もしない。ただ闇だけが支配する世界。誰かが私の名を呼んだ。「ブライアン、ブライアン、ブライアン・・・・・・」 突然、私…

エンジェルダスト(20)

ジョンも同じメッセージを受け取っていた。何故二人そろって署長室に出向かなければならないのか、何の説明もなかった。曜日と時間、制服を着用せよ、メッセージはそれだけだ。何故呼び出されたのか、それだけのヒントでは推測もできない。頭をひねっても悪…

エンジェルダスト(19)

金曜日 まるで神が私たちを祝福してくれたようなすばらしい朝。目の覚めるようなコバルトブルーの空。窓から見えるサンフランシスコ湾は緑を敷き詰めた草原のようだ。クルージングにはこれ以上すばらしい日はないだろう。 9時30分、私はハイドストリートとビ…

エンジェルダスト(18)

水曜日、朝。 今日も仕事に行けない。仲間にも会えない。謹慎処分――裁判もなしに私とケリーに下された判決。最悪の場合、もう二度と警官の仕事に戻れないかもしれない。署長は心配するなと言ってくれたが、たぶん私を励ますつもりでそう言っただけだろう。ス…

エンジェルダスト(17)

テンダーロイン署8:00P.M ******************************************************************* いつになく静かな夜だった。 フラナガン巡査部長はフロントデスクに座り、防弾ガラスをはめ込んだ窓から外の様子を眺めていた。道路は分厚い霧で覆われ、…

エンジェルダスト(16)

ブライアントストリートを渡っての向かいにある「The Gavel」に立ち寄った。ここはHall of Justice (サンフランシスコ警察署とサンフランシスコ郡高等裁判所の本部)の職員がよく利用するバー兼レストランで、ランチタイムは弁護士専用、ディナータイムは警官…

エンジェルダスト(15)

午前8時きっかりに、内部調査課から電話がかかってきた。 「おはようございます。本日午前10時から本部の220号会議室で内部調査会による審問を行います。時間厳守でお願いします」 書かれたことをそのまま棒読みしているような抑揚のないメッセージ。私に用…

エンジェルダスト(14)

朝7時。窓から差し込む眩しい光で目が覚めた。 酷い頭痛。鼻を折ったときの頭痛とは痛みが違う。まるでくさい靴下を履いた兵隊が口の中で行進しているようだ。『地獄を見るぞ』とはこのことか。 どうやってアパートまで帰ったんだろう。みんなで乾杯をして…

エンジェルダスト(13)

ゴンザレスもラムも事態が飲み込めず、数秒、倒れている二人をじっと見ていた。男のシャツについた血が見えた途端、私たちはハッと我に返ったようにすぐに二人の男の脇によって路上に跪き、私はケリーの肩を持ってゆっくり仰向けにさせた。「ウウン」ケリー…

エンジェルダスト(12)

2月がもうすぐ終わろうとしている。毎日があわただしく過ぎていく。血と脳みそと糞まみれのレロイの死体で始まったパトロールの新人研修もすでに3ヶ月目に入っていた。ケリーの監視と指導の下でパトロール警官としての経験と知識も徐々に増え、ケリーとの…

エンジェルダスト(11)

金曜日。 パパスに殴られたときにできた目の周りの痣はまだ消えていない。それをブラックのアビエイターサングラスで隠し、まじめな好青年をきどって、グレーのウールのズボンにライトブルーのシャツ、赤と青のストライプのネクタイ、ホワイトのVネックセー…

エンジェルダスト(10)

フラナガン巡査部長が約束したとおり、私とケリーのけが人チームには当分の間、パトカーの使用が認められた。「ジョンはまだ無理だから、君が運転しなさい」とパトカーのキーを渡された。ケリーよりも長くテンダーロイン署に勤務するフラナガン巡査部長は、…

エンジェルダスト(9)

第9章 私は真っ暗な密林の中にいた。闇に締め付けられ、息苦しさすら感じる時もある。漆黒よりも黒く、暗黒よりも暗い闇。それは恐怖をもたらし、恐怖は人の奥底に潜む狂気を目覚めさす。 深夜3時。べトコンが2度目の奇襲攻撃をしかけてきた。奴らはキャ…

エンジェルダスト(8)

ケリーと私がテンダーロイン署を出た時には、どんよりと曇った空はいまにも雨の脅迫にまけてしまいそうだった。夕方になってかなり気温が下がってきた。おまけに雨が降りそうとあっては、パトロールに出る気もうせるが、ありがたいことに、ウールのシャツの…

SFPD雑学

SFPDの役職についてここまで読んでいただきありがとうございます。アメリカの警官の役職は各州、各警察署によって異なりますのでアメリカ全土にわたって統一した役職名はありません。サンフランシスコ市警場合は軍隊の役職名を採用しています。ギャラガ…

エンジェルダスト(7)

アパートに戻り、上着を脱いだ途端に一気に疲れが襲ってきた。頭の中で、今日見たものが走馬燈のようにぐるぐる回っている。路上の浮浪者、たむろする黒人、歩道を行き交う人の群れ、そしてレロイのつぶれた顔。あらゆる物が重なり合い、スローモーションに…

エンジェルダスト(6)

テンダーロインに静寂などありえない。私が感じた静けさは正に嵐の前の静けさだった。 嫌な予感がする。 何かがやって来る、よくない何かが近づいている。 オファレルシアター周辺が一気に慌ただしくなってきた。野次馬共がひとりまたひとりと死体の側に群が…

エンジェルダスト(5)

ケリーと私はテンダーロイン署を出てエディーストリートを西に向かって歩いていた。時刻は午後3時をまわっている。外はだいぶ冷え込んできた。冷たい風に乗って霧が降りてきている。 霧がサンフランシスコ上空にとどまって町まで降りてこない日もある。しか…

エンジェルダスト(4)

「あんたがオニールか?」 背後から深いバリトンの声で名前を呼ばれ、それがあまりにも突然だったので本当にイスから飛び上がるほど驚いてしまった。私はとっさに振り返った。すぐ後ろで大柄の男が見下ろしている。私は慌ててイスをひいて立ち上がった。 身…

エンジェルダスト(2)(3)

第2章 テンダーロイン署の警官として、初めてパトロールに出る日は12月24日、クリスマスイブになっていた。 まったく、市警の連中は何を考えているんだ。クリスマスイブに一晩中パトロール! 気は確かか! ――初めてシフト表を見たとき、そう思った。しかしそ…

SFPDクロニクル エンジェルダスト(1)

サンフランシスコ サンフランシスコで警官になってもろくなことは何もない。ベトナムから戻ってすぐ、サンフランシスコ市警に入署した。サンフランシスコの警官は社会的地位の高い花形職業。古い物語にでてくるような ”輝く甲冑を身につけた白馬の騎士”にな…

SFPDクロニクル エンジェルダスト プロローグ

youtu.be (注)作中人物のセリフの中には、当時のスラング、現在差別用語として禁止された言葉も混ざっています。一部、日本語英語の両方で記載してあります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー バスを待つレロイの鼻先に、風が懐かしい匂いを…

テンダーロインノワール(7)

火曜日、午後3時。ジョン・ケリーとブライアン・オニールはテンダーロイン署のロッカールームで着替えを済ませ、シフトの引継ぎを行うためにブリーフィングルームに向かった。ケリーが部屋のドアを開けるよりも早く、中からピーター・フラナガン巡査部長が…