午前8時きっかりに、内部調査課から電話がかかってきた。
「おはようございます。本日午前10時から本部の220号会議室で内部調査会による審問を行います。時間厳守でお願いします」
書かれたことをそのまま棒読みしているような抑揚のないメッセージ。私に用件だけ伝えると、電話はすぐに切れた。
10時までに出頭せよ! あと2時間しかないじゃないか! 今から準備して出かけたらぎりぎりだ。どうしてもう少し早く電話をしてこないのか! 私は急いでシャワーを浴び、制服に着替え、拳銃をしまってある棚を開けた。扉を開けるまですっかり忘れていた。私のリボルバーは昨日、警部にあずけたんだ。拳銃無しか――空っぽの棚を見て、ため息が出た。
時刻は8時30分を過ぎていた。今からではバスに乗っても間に合わないので、すぐに電話でタクシーを呼んだ。本部へ向かう途中、道路が混雑していて、乗っている間中、気が落ち着かなかったが、なんとか時間に間に合った。
9時45分。あと15分ある。私は市庁舎(Hall of Justice)の2階にあがり、220号会議室の前の通路で呼ばれるまで待つことにした。胃の辺りを締め付けられているような気がして気分がよくない。これから部屋の中で始まることを考えると、益々いやな気分になってくる。
内部調査課がどういうところか、新人の警官は誰でも知っている。内部調査課は警察内部の汚職をなくし、警官の素行調査をするために、警察内部に特別に設置された機関である。しかし、これは建て前であって、実際は内部調査課自体が腐っている。内部調査課のメンバーになりたければ、警官としての経験や知識などはどうでもいい。仲間を踏み台にしてでも上層部に取り入って出世したいという欲さえあればメンバーに加えてもらえる。自分の出世につながるチャンスを見つけたら、平気で仲間を売る。そのことに対して、彼らは何ひとつ後ろめたい思いも抱かない。そうやって出世した年配の警官が内部調査課に居座っている。彼らに睨まれたら、何年もかけて培ってきた警官としてのキャリアも、いとも簡単に破壊されてしまうのだ。市警の嫌われ者集団。これが内部調査課だ。
内部調査課のメンバーは「悪魔に魂を売った」とまで言われている。ごくまれに、内部調査課から追い出されるメンバーもいるが、一度、悪魔に魂を売った警官が、仲間の信頼を得ることはむずかしい。誰もそんな警官を信用しない。
午前10時。会議室のドアが開いて、中からドナルド・タランティーノ警部補が出てきた。
「君がオニール巡査かね?」
「イエス、サー」
私は姿勢を正し、警視の目を見て返事をした。
「中に入りなさい」
タランティーノ警部補のあとに続いて部屋に入った。窓はすべて分厚いカーテンがかかっていて、映画館の中にいるようだ。暗がりの中で見えたのは、「U」の形に並べた3つのテーブルと6人の男のシルエット。U字型に組んだテーブルの真ん中にはスポットライトで照らされた椅子がひとつだけ置かれている。
「そこに座りなさい」
タランティーノ警部補が、真ん中の椅子を手で示し、低い声で言った。私が椅子に腰掛けると、正面のテーブルに座っていた私服の男が最初に質問をした。
「オニール巡査。今朝は早くから呼び出して、すまなかったね。我々委員会から先ずそのことで君にお詫びをしたい。君も先刻承知と思うが、昨晩、警官の発砲事件があって、それに関していろいろ訊きたいことがあるのでここに来てもらったわけだが。我々の質問に包み隠さず正直に答えてもらいたい」
私は話している男の方をじっと見ていたが、暗くて顔は全く見えなかった。
「イエス、サー」
「よろしい。では、神の名にかけて、真実を,すべての真実を,そして真実だけを述べることを誓いますか?」
「誓います」
「それでは君のフルネームとバッジナンバーを言いなさい」
「私はブライアン・ショーン・A・オニール。バッジナンバーはサンフランシスコ市警909です」
「よろしい。では、オニール巡査。君は昨晩、アントニオストリートの路地で発生した警官の発砲事件に関与したというのは事実だね?」
「イエス、サー」
「君は、昨晩、アントニオストリートの路地でジェームズ・ベラスコを撃ったのか?」
「ジェームズ・ベラスコというのは誰のことでしょうか?」
「君が昨晩、撃った男だ」
「ジェームズ・ベラスコという男は知りません」
「ジェームズ・ベラスコはおまえが昨日、銃で頭を撃った男だ! 忘れたのか!」
タランティーノ警視が口を挟んだ。
「昨夜の発砲事件に関わった人物で、私が名前を知っているのはフィールドトレーナーのケリー巡査と自分です」
「オニール巡査!」
タランティーノが怒鳴った。
「あなたは今、私が昨晩その男を撃ったと言いましたが、わかっているなら何故、私に訊くんですか?」
「オニール巡査、反抗的な態度をとるのはよしなさい。君は、ジェームズ・ベラスコを撃ったのか?」
私に質問している調査官も苛立っている。
「まじめに答えてもらえないかね? 同じことを何度も聞きたくはない。君が撃ったのか? どうなんだ? 正直に言いなさい」
調査官の声がかなりとげとげしくなってきた。そろそろ逆らうのはやめにしたほうがよさそうだ。
「イエス、サー」
私は正面に座っている調査官に向かってはっきり大きな声で返事をした。ジェームズ・ベラスコは私が頭をぶち抜いた男だ。私が書いた報告書にそう書いてあるのに何故、こいつらはわかりきったことを訊くんだ。
「よろしい。では、昨晩、何があったのか、ケリー巡査とパトロールに出たときから順を追って話しなさい」
私は15分ほどかけて、アントニオストリートに行くまでに起こった出来事を話した。
「アントニオの路地で何があったのか、詳しく聞かせてもらえるかね?」
正面の調査官が言った。
その場所で起こったことは鮮明に記憶に残っている。路地の近くで聞いた空き缶の転がる音、それに続いて女性の悲鳴を聞いたこと、路地に入ったときに私とケリーが最初に目撃したことを詳しく話した。
「そのときに、ケリー巡査はどうした? 彼は何と言ったのか覚えているか?」
「『警察だ、やめろ』と叫びました」
「それから?」調査官が訊いた。
「男がケリー巡査のほうを振り向いて、そのときに人質になっていたアジア人の女性の髪の毛を引っ張っていました」
「それから君は何を見たのかね?」
「右手でハンティングナイフを持って、それを女性のわき腹に突きつけていました。それから、あの男のズボンのジッパーが開いていて、そこからペニスが突き出ているのが見えました」
「ペニスが突き出ていた? それは間違いないかね?」
「見間違えるわけがありません。それが何かぐらい知っています」
私が答えると、右のテーブルのほうで、誰かがわざとらしい咳払いをした。
「君はもう少し、言葉を慎みなさい、オニール巡査!」
正面の調査官の機嫌がかなり悪くなっている。
「それから、ケリー巡査はどうした?」
「ケリー巡査は『やめろ、ナイフを下ろせ』といいました」
「ベラスコは、それから何をした?」
「『うせろ、ブタ』と叫んで、女性の向きを変えて、後ろから左手で女性が逃げられないように抱えました」
「ケリー巡査は、それからどうした?」
「『それはできない。ナイフを下して彼女たちを離せ。お前を傷つける気はない』と言いました。容疑者はかなり苛立っていて、汚い言葉で叫んでいました。『おれはスラントビッチにコックをぶち込みたい』こういうことを言いました」
「スラントビッチ?」
調査官が訊いた。
「アジアの女性を侮辱したスラングです。あなたがもしベトナムに行ったら何度も聞く言葉です」
「スラングね。なるほど。それで、ケリー巡査はそれからどうした?」
どうして、この調査官はケリーのことばかり訊きたがるんだろう。これは私の発砲に関する質問ではないじゃないか。ここに集まった連中が知りたいのは、私のことではなくてケリーのことだ。こいつらはケリーのキャリアを潰しにかかってるのか。
「ケリー巡査は、これをとめるといいました。それから私のライトは絶対につけるなと。そのあと私に無線で救援を呼べといいました」
「それで、君は無線をいれたんだな?」
「はい」
「司令室には何といって無線を入れた?」
「コード3を伝え、現場の位置と二人の女性が人質にとられていること、それから男の身なり、最後に、サイレントアプローチを全ユニットに要求すると無線連絡しました」
「今、君が言ったことに間違いないかね?」
「間違いありません」
「何か他にケリー巡査が君に言ったことを覚えているか?」
「あの男を説得してみるといいました。もしも何かが起こったら、私に正しいことをしろといいました」
「正しいこと?」
「はい」
「ケリー巡査の言った正しいことというのを、もう少し詳しく説明してもらえるかね」
「ケリー巡査は特に私にこうしろ、というような具体的な指示は出しませんでした。そのときの状況によって、私がするべきことをせよ、最善だと思うことをせよという意味に理解しました」
「それはベラスコを射殺しろということか?」
「いいえ。そういうことではないです。状況次第です。状況によっては他の方法も考えられます」
「ほう、他の方法。たとえばどういう方法があるのか話してくれないかね」
「それには答えられません」
数秒間の沈黙。正面に座っている調査官が私を睨んでいるような気がする。
「オニール巡査。質問に答えなさい」
「できません。私が言ったように、何をするかは状況によって変わります。他にどんな方法が考えられるかは、その状況になってみなければわかりません。昨晩、あれ以外にどんな方法があったかは、そういう状況になってみなければ答えられません。不確かな推測では判断も行動できません」
再び沈黙。今度は少し長かった。
「なるほど、よくわかった。それではケリー巡査は、そういう状況になったらいつでも容疑者を撃てと君に教えたんだな?」
「ケリー巡査はそんなことは一言も言ってないです」
私は少しきつい口調で答えた。
「それなら君は、すべて自分の判断で決めたのか?」
「はい」
私が答えると、正面のテーブルに座っている二人がお互いの体を寄せて何か相談しているようだ。1分ほど質問が中断したあと、再び今までと同じ調査官が言った。
「オニール巡査、それでは本日の要点に入るが、君はまだ研修期間中の新人のはずだが。君は入署して、まだ3ヶ月にもなっていない。新人の君が自分の判断だけでベラスコを撃ったのか?」
「イエス、サー。私は昨晩の状況から判断し決断しました。状況が私に撃てと命じました」
「オニール巡査、君はずいぶんと自信があるようだが、射撃の能力も含めて、一体、誰が君にそんな権利を与えたんだね? は? 答えなさい」
人を馬鹿にしたような口調だった。
「理由のひとつとして、私は以前、それをしたことがあります」
「以前したことがある? つまり、君は今までに誰かを撃ったことがあるのか?」
「はい」
「いつ? どこで?」
「ベトナムでそれをしました、兵士として。それは私たちがそこでしたことです。私たちはそこで人を殺しました」
「君はベトナムで人を殺した・・・・・・」
調査官が発した言葉は質問というよりも独り言のように聞こえた。
「それが私の仕事です。殺すことが私たちの仕事だったから。だからやったんです!」
私のそういう言い方が気に入らなかったようだ。左のテーブルのほうから「オニール巡査、けんか腰にしゃべるのはやめなさい」という声が聞こえてきた。正面の調査官から次の質問が来た。
「よろしい。では話を先に進めよう。君が無線を入れたと言ったが、そのときに君はサイレントアプローチを要求して、それから何があった?」
「無線が切れたと同時くらいにサイレンが聞こえました。サイレンを鳴らしたまま誰かのパトカーがこちらのほうに向かってました。だからその警官は無線を聞いてなかったんです」
「君がサイレントアプローチを伝えたのは本当だね?」
調査官がそういうと、右のほうから声がした。
「間違いないですね。司令室の記録に残ってますので、オニール巡査の言ったとおりです」
「そうか、よろしい。では、君が無線を入れた後、ケリー巡査はどうした?」
また、ケリーの話か! この調査会はケリーが何をしたか知りたくて開いたわけじゃないだろ。
このあとも、私が質問に答えるたびに調査官から「ケリー巡査は何を言った、彼は何をした」と、しつこく聞かれた。いい加減にしろと怒鳴ってやりたい気分だ。
ケリーが容疑者を説得しようとしたこと、そのときのケリーとベラスコの会話、そのあと現場で起こったことを逐一もらさず話し続けた。
「サイレンを鳴らしたパトカーが路地の近くで止まってサイレンを消したとたんに、あの男がパニックを起こして人質の女性の喉にナイフを押し付けて喉を切り裂こうとしてました」
「だから君は撃ったのか?」
「はい」
私が返事をしたあと、次の質問までに30秒ほどの間があった。
「どうして君はベラスコを撃ったんだ? 彼はナイフしかもっていなかったじゃないか」
「今、言ったように、女性の喉を切ろうとしたからです。だから撃ちました」
また短いインターバルがあった。調査官はテーブルに右ひじをついて、手の指で額をとんとん叩いている。
「オニール巡査。君は、撃った弾があの女性に当たるとは思わなかったのか?」
「私の撃った弾は女性には当たりません」
「どうしてそんなことがわかるんだね、オニール巡査?」
「私はそのように訓練されました」
「どういうことか、もう少しわかるように説明しなさい」
調査官が言った。
「説明する前に、『人は自分の限界を知るべきだ』という言葉をご存知でしょうか。ダーティ−ハリーのセリフです」
「オニール巡査、ここは神聖な場所だ、娯楽映画の話を聞くつもりはない。真面目に答えなさい」
調査官からつっけんどんな返事が返ってきた。
「ここが神聖な場所だということは十分にわかっています。ふざけて言ったわけではありません。でも、昨晩、私が発砲したのは、自分の限界を超えた仕事ではありません。私の持っている能力の範囲内でしたことです。私には彼女を傷つけずにベラスコだけを仕留めることができます」
私が答えると、調査官の指の動きが止まった。
「たいした自信だが、オニール巡査。君は射撃の天才かね? 神は君にそういう特別な能力を授けたのか? 私も長年警官をしているが、自分の撃った弾が人質にあたるかもしれないという不安は常にあるんだがね。君にはそういう不安はないというわけか」
調査官の言葉の調子から、私を小バカににしているのが感じられる。
「そのような不安は一切ありません。私はそのために訓練されました」
「ほほう、君はそうなるように訓練されたというんだな。なるほどね。君の射撃に対する自信の程はよくわかった。しかし自信過剰の警官は危険じゃないかね? 市警の警官が君のようになるまで射撃訓練をすることは、多分この先もないだろうねぇ。ないことを願っているよ」
スポットライトのせいで、いつまでたっても暗闇に目が慣れない。この調査官がどんな顔でしゃべっているのかはわからないが、きっと、嫌らしい薄笑いを浮かべているのだろう。
「あなた方がアカデミーで教えているのは、どうやって銃を構え、どこを狙えば効果的かということだけです。でも私はそれ以上の訓練をうけました。戦場で経験もしました」
「つまり君はその方法で殺したというんだな」
「そうです」
「オニール巡査、君が受けたという特別な訓練を少し聞かせてもらえないか」
そういうと、調査官は体を後ろに引いて椅子の背にもたれかかった。私の話を真剣に聞く気はないようだ。
「わかりました」
私は少し咳払いしてから話し始めた。
「ベトナムで・・・・・・、私は特殊部隊のスナイパー(狙撃手)として訓練されました。射撃はFBIのスナイパースクールでターゲットを一発で仕留める訓練を受けてきました。M21スナイパーウェポンシステムが使いこなせるように訓練されて、ナトラングで、私は特殊任務を遂行するためマイクのチーム(グリーンベレー)に配属されました」
「特殊任務とは何だね?」
「私たちの仕事は、戦闘の激しい場所に行って、苦戦している部隊に合流して戦って、仲間をそこから救い出すことでした」
「なるほどね。ところで君がさっき言ったM21何とか、というのは一体何かね?」
「M21スナイパーウエポンシステムはセミオートマティックの狙撃ライフルのことです。弾は7.62mmのNATO弾を使用。マクミランM1A ファイバーストック、ライフルスコープはハリス製バイポッド、それとボシュロム社の10×40タクティカルパワースコープを装備したM14 ナショナルマッチライフルです。私が受けた訓練は銃に関するテクニックに加え、どんな環境におかれても、正確にターゲットに命中させるために、気温、風向、湿度などに関する知識も身につけました。銃に関する知識、射撃のテクニックも重要ですが、自分を取り巻く環境の情報を知ることで、自分の発射した弾がどこを通りどの角度で、どこに命中するか正確に計算できます」
私が銃の説明をすると、調査官はテーブルのほうに身を乗り出してきた。
「なかなか大した知識じゃないか。M21についてはわかったが、君の持っているのはリボルバーで狙撃銃とは違うだろ」
調査官が言った。
「私がFBIで訓練を受けていたとき、私が使ったすべての弾のコンディションをチェックしました。天気の良い日、風のある日、雨の日、寒い日、あらゆる天候で、銃身から発射された弾がどのように飛び、どれだけの威力でターゲットに命中するか、銃弾の飛距離、角度、あらゆることを計算し、その誤差はどれくらいか、細かく調べてそれをノートに記録しました。其れと同じことを、アカデミーの訓練期間中にサービスリボルバーで実験しました。弾の状態を、雨の日、乾燥した日、寒い日、その他にもあらゆる環境で色々自分で試してみました。それを記録したノートも持っています。私はリボルバーの性能を熟知しています。発射した弾は私が計算した通りの場所に命中します」
私の説明が終わっても正面の調査官はしばらく何も言わなかった。それから、隣に座っている調査官と少し話をしてから、私に質問した。
「これは驚いたね。オニール巡査。君のその研究熱心なところは実に立派だ。訓練生には君の努力をぜひ手本にするよう伝えるよ。それで訊きたいが、昨晩のアントニオの路地のコンディションはどうだったかね?」
「風はありません。気温は10度でした」
「それで君の経験から現場で瞬時に数値をはじき出し、撃っても女性には当たらないと確信したわけか?」
「そのとおりです」
「しかしねぇ、オニール巡査、君の話ではベラスコのナイフは女性の喉もとに押し付けられていたということだが、撃たれた瞬間に反射的にナイフが動いて喉を切り裂く可能性もあるのではないかね」
調査官はまた椅子の背にもたれかかって、私に言った。
「それはありません。私の撃った弾は容疑者の口に入りました。口から入った弾丸は頭の中で延髄を切断するか破壊します。そこを破壊することで、生命を維持するために必要な神経のシステムが全て機能しなくなります。人間は延髄を破壊されたら、ただ糸の切れた人形のように崩れるだけです。だからあの男の手が反射的に動くことはありません」
「君はそれを知ってるわけだ」
「はい、知っています」
誰なのかわからないが、左横のほうからため息が聞こえた。
「オニール巡査、昨晩の話に戻るが、君はベラスコを撃つことに対して、どういう風に思った?」
「それが私の仕事だと思いました」
「仕事? 相手は人間じゃないか! 君は人を撃つことをただの仕事だと思っているのか!」
私を責めるような口調で調査官が言った。
「私が考えなければならなかったのは、人質に取られた女性を無事に救うことです。だから、あの男を人間として考える事をやめて、自分のするべき仕事に集中しました」
調査官はしばらく何も言わず椅子の背にももたれず、私のほうをじっと見ているようだった。
「オニール巡査、それではベラスコを撃ったあとはどのような気分だった?」
重苦しい沈黙の後、調査官が言った。
「いい気分ではありません。でも、他にしなければならないことがあったので撃ったことは考えないようにしました。あの時は、被害者の女性を早くあの現場から遠ざけたいと思いました」
「それはまたずいぶんと紳士的な振る舞いだな、オニール巡査」
皮肉のこもった冷たい言い方だった。
「よろしい。よくわかった。他に何か言いたいことがあるかね? ここで君が話してくれたことで訂正したいことがあれば、今、ここで言いなさい」
「いいえありません」
「付け加えることも訂正することも何もないということだな。ではオニール巡査、ここで話したことは口外しないように。我々の調査結果が出るまでの間、君には謹慎処分を命じる。何か質問は?」
「ありません」
「では、これで終わりにする。オニール巡査、帰ってよろしい」
私が席を立つと同時に、タランティーノ警視が無言でドアを開けた。暗い部屋で長時間、まぶしいスポットライトを当てられていたので、明るい廊下に出たとき、視力が急に悪くなったように感じた。
220号室のドアから数メートル離れた通路に、昨日、人質にとられて喉を切り裂かれそうになった女性が立っていた。ジーンズに褐色のレインコート、真っ黒な髪の毛は男の子のようなショートカット。年齢は私と同じくらいか少し下かもしれない。私が彼女の横を通り過ぎてすぐに、「プリーズ」と呼び止められた。振り返ると、彼女は軽くお辞儀をした。昨日はわからなかったが、今、彼女の顔を見ると、あの男からかなり酷く殴られたようだ。大きな目の周りには青黒い痣ができていて、唇も腫れ上がっている。頬にも擦り傷がある。
「サンキュー。きのう、よる。あなたは、わたし、たすけました。わたし、話します。話したいです。これ」
と片言の英語で私に挨拶し、小さな紙切れを差し出した。紙には<タチバナマコト 555-7564 >と書いてある。
「これ、わたしのデンワ。あなたは デンワを できますか。あとから。OK?」
彼女が言った。そのとき、220号室からタランティーノが出てきた。私が「はい、いいですよ」と彼女に返事をしたとき、警部補の怒鳴り声が聞こえた。
「オニール巡査! 彼女と話してはだめだ!」
「イェス、サー」と振り返らずに返事をし、紙切れをポケットにしまって、彼女には何も言わずに階段のほうへ歩いていった。
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※ 兵士たちはグリーンベレーのことを『マイクチーム」と呼んだ。
※ナショナルマッチ:命中精度を上げるために特別に設計されたファイヤーシステム
※マクミランM1Aファイバーストック:木よりも軽い銃床(肩に当てる部分)
※7.62mmNATO弾:北大西洋条約機構 (NATO) により標準化された小火器用弾薬
※法廷での宣誓の言葉:
神の名にかけて、真実を,すべての真実を,そして真実だけを述べることを誓いますか。
(Do you solemnly swear to tell the truth, the whole truth, and nothing but the truth?)