雑記帳

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エンジェルダスト(24)

暗く陰鬱な雲がサンフランシスコを覆い、雲が流す涙はストリートを濡らし、聖マリア大聖堂の前にたたずむ制服警官たちを湿らせていく。

 午前9時。
 朝の通勤ラッシュがおさまると、教会を囲むギアリーストリートとゴッホストリートの2車線は通行止めとなり、かわりに警察車両の駐車場になった。すでにギアリーストリートの教会寄りの車道にはパトカーの長い列ができていた。

 サンフランシスコ市警察、郡警察(the Sheriff's Department)、デーリーシティー警察、オークランド警察、カリフォルニアハイウェーパトロール、そのほか、北カリフォルニアのほとんどすべての警察がラムの葬儀に参列するためにここに集まってきている。教会の前には100名ほどの制服警官が霧雨の中でセレモニーの開始を待っていた。

 私はブラックのゴムバンドをはめたバッジをつけ、車椅子のフラナガン巡査部長の後ろに立っていた。テンダーロイン署の仲間も巡査部長の周りに集まっている。今日、私たちはラムに別れを告げ、彼を墓場までエスコートする。これは私たち警官にとって、二度と経験したくない悲しい任務である。
 巡査部長はレクイエムが始まると車椅子から立ち上がろうとした。眉間にしわを寄せ、唇をかみしめ、車椅子のアームを支えに必死で体を起こそうとしている。私は彼の体を押しもどし椅子に座るように耳元でささやいたが、巡査部長は聞き入れなかった。
 自分の部下が殺されたのだ。PCPの犠牲になった部下の最後を自分だけ座って見送ることは警官としてのプライドが許さないのだ。私は巡査部長を見てそう感じた。だから車椅子に押し戻すのをやめ、巡査部長の腕をもって立ち上がらせようとしたが 彼はそれも拒否した。
 フラナガン巡査部長はついに自分の力で立ち上がった。そしてレクイエムが終わるまで、タフなアイリッシュ警官は誰の支えもかりず背筋をのばして立ち続けていた。
 
 レクイエムが終わると、ラムの棺を載せたリムジンが数台の黒いキャデラックを従えてゴッホストリートの方からゆっくりと教会に近づいてきた。フラナガン巡査部長はまだ座ろうとしないので、私は小さな声できいた。
「大丈夫ですか?」
「私のことなら心配しなくてもいいよ。車椅子に座ってると、なんだか君の体の一部になったみたいでね、太陽のささない腹の中に閉じ込められてるようだよ」
 巡査部長は口もとに少しだけ笑みを浮かべ、いつもと代わらぬ穏やかな口調で言った。空軍スタイルの口ひげはワックスでかためられ、雨に濡れてもその形を崩すことがなかった。
「わかりました。でも疲れてきたら私にもたれてください。誰にもわからないようにしますから」
 私がそういうと巡査部長は小さくうなずいた。


 リムジンの霊柩車が教会の前で止ると、後部ドアから四つボタンの制服に制帽をかぶったジョンが降りてリムジンの後部に回った。数名の警官が霊柩車のほうに歩いていき、ジョンと一緒にリムジンからシルバーの棺をゆっくりとおろして肩に担ぎあげ、その場で立ち止まった。参列者全員が棺を見ている。制服姿のギャラガー警部とゴンザレス巡査がリムジンの助手席まで歩いていき、ドアを開けて、今は未亡人となったマエの手を引いて車から降りるのを手助けした。マエが車から降り立つと同時に、サンフランシスコ警察マーチングバンドによるバグパイプの演奏が始まった。それはアイルランドに伝わる軍隊の葬送曲である。曲が始まると、棺を担ぎ上げていた警官たちは、棺を肩から脇に移動し、ゆっくりと教会の正面に向かって歩き出した。ラムの棺のすぐ後ろには、ギャラガー警部とゴンザレス巡査に付き添われたマエが続き、その後ろを車椅子に座ったフラナガン巡査部長と私、テンダーロイン署の警官、各地区から来た警官たち、最後にバグパイプの音楽隊が続いて教会の中に入っていった。

 棺を持った警官たちは、荘厳な雰囲気に包まれた中央通路をゆっくりと進み、メタルのテーブルの上に棺を下ろすと、教会のアテンダントが棺を花で囲んだ。スコット署長はすでに最前列の信者席に座っていて、マエは署長の隣に並んで座った。全員が信者席につくとバグパイプの演奏が止った。
 右側の扉が開いて、豪華なローブをまとった大司教と、数名の司祭、チャイナタウンにあるオールドメリー教会の司祭が入場してきた。と同時に、サンフランシスコ交響楽団のストリングオーケストラによる演奏が始まった。

 儀式は厳かに進んでいく。聖書朗読。聖歌の斉唱。ガブリエル・フォーレのレクイエム の合唱。スコット署長による弔辞。署長の追悼演説の間、目頭を押さえない者はほとんどいなかった。

 葬儀が終わると、ソプラノ歌手の歌うシューベルトの『アベマリア』に見送られ、再びラムの棺は警官たちによって霊柩車まで運ばれていった。
 教会の外ではバグパイプアイルランドの葬送曲を奏でていた。ラムを乗せたリムジンはモーターサイクルオフィサー(白バイ隊員)に先導されて、サンフランシスコの南に位置する墓場の町として知られているコルマまでついていく。葬儀に参列したものはみな、それぞれのパトカーでリムジンの後に従った。私は巡査部長の車椅子を押して駐車場に戻り、巡査部長をパトカーの助手席に座らせ、車椅子を後部座席につんでコルマの共同墓地へ向かった。

 コルマの墓地には、ラムの棺を埋葬する穴が掘ってあり、棺を運んできた警官たちは穴の上に一時的に設置された支えの上に棺を置いた。楽団はアメージンググレースを演奏している。
 マエは墓のそばに置かれた椅子に座り、ハンカチを握り締めて、うつろな瞳で最愛の夫が眠る棺をみていた。

 オールドメリー教会のジョセフ司祭が棺に聖水をまき、ラテン語と英語で祈りの言葉を唱えた。それが終わると7名の警官が一斉にM−1ライフルを構え、重く垂れ込めた黒い雲に向かって三度、発射した。志半ばにして倒れた仲間を弔うための21発の礼砲が響き渡った。

 サンフランシスコは働くにはいい場所だ。そして、死ぬには最高の場所だ。

 ラムの棺に土がかけられたとき、そんな言葉がふと心に浮かんだ。

 ラムは最後まで警官だった。

 棺はもう見えない。

 最後の土がかけられた。


 サンフランシスコ市警ジェリー・ラム巡査のキャリアは幕を閉じた。

 享年 23才

 

 

 

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Vitas のアベマリア。素晴らしいソプラノ
http://www.youtube.com/watch?v=pMN5GJnYjrk&feature=fvst

youtu.be

 

※ 死ぬには最高の場所(a magnificent place to die)は
Tom Borges の詩からの引用。

※ガブリエル・ユルバン・フォーレ(1845-1924)
フランスの作曲家
「レクイエム」ニ短調作品48は彼の代表作