雑記帳

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テンダーロインノワール・キャストアウェイ(1)

サンフランシスコのテンダーロインには、”テンダー(柔らかい)"と呼べるものは何もない。

 サンフランシスコに馴染みのない観光客はもちろんのこと、サンフランシスコの住民をも惑わす呼び名を与えられたこの地区は地図で見ると三角形の形をしている。南のマーケットストリート、西のヴァンネスアベニュー、北のギアリーストリート。この三本のストリートに囲まれた地区を”テンダーロイン”と呼んでいる。サンフランシスコ市警の警官は、この地区を、軽蔑の意味を込めて『魔のバミューダトライアングル』と呼んでいる。この三角地帯に足をふみいれた者は、二度と生きては帰れない。ここは、人間のクズの吹き溜まり――こそ泥、強盗、殺し屋、スり、ポン引き、売春婦、ドラッグ中毒、酔っぱらい。それに加えて、精神異常という言葉から想像できるあらゆるタイプの精神病を患ったホームレスがさ迷っている。その中には、精神科医ですら首をかしげる不可解な病状を示す者もいる。歩道は汚れ、建物は古く色あせている。路地と排水溝はゴミが散乱し、どこに行っても、尿と排泄物(faces)、吐瀉物、ビールのすえた臭いが漂っている。ここは、ネズミとゴキブリ、ノミ、シラミの遊び場。家と職を失った者たちのたまり場。彼らが人生の最後にたどり着く避難所である。

 

テンダーロインの風景

もしも、テンダーロインのホームレスに金があるなら(あるいは金が手に入れば)、SROホテル(Single Room Ocupancy)と呼ばれている短期宿泊型ホテルで寝泊まりすることができる。しかし衛生面は最悪でゴキブリとネズミ、ノミ、シラミと共同生活をしなければならず、宿泊費もそれほど安くはない。トイレとバスは共同で、通常、ホテルの一階に設置されている。ホテルの内部全体が湿ってかび臭く、エレベーターがあっても壊れて動かない。国籍不明の柄でデザインしたカーペットはあちこち擦り切れていて、コンクリートの床が剥き出しになっている箇所もある。部屋を仕切る壁は薄く、寝言から麻薬取引の密談まで声は隣の部屋に筒抜けである。

 

テンダーロインの風景2